変わるんじゃなくて、カウントダウン。

October 24, 2018

原美術館に行ってきました。

ずっと観たくて気になっていたLee Kitさんの展示「僕らはもっと繊細だった」タイトルからして好きでした。やはり展示の仕方もごちゃごちゃしていなくて、すごくスマートに見れて二周したのですがしっかり入ってきて面白かったです。

 

入口の葉っぱの色味がすごく好きでこれらをマーブルした服着たいなーって思った。

お洋服もメイクも着たい感じしか分からないから、あまり知恵はないのですが、綺麗で居たいなって、思います。

 

美術館へ行くことの楽しみにシャンとできるところがあるから。

頑張りすぎないお洒落して、でもちょっとピンと線の張った緊張感で、と言うのがすごく好きなんです。

自分の踊りをして行くなかで ‘‘生活から生まれた’’ とか‘‘誰にでも’’といった敷居のないフラットな、できるだけ嘘のない形を中世的に表現してゆきたいというのがあります。

 

でも、なんでもいいわけではなくて、実際観に着てくれる人は「ただ何と無く、刺激やアクセントが欲しい、気分転換、それくらいだけど分かりやすいモノちょーだい!」という想いの人が多い気がします。もちろん応援してくれている人やダンスを観に来てくれる方もいらっしゃり感謝なんですが、なんていうか「来てよかった〜、観た〜」と高揚する中に少しの緊張感ってすごく大切な気がして、そこにその人が本来持っている美意識を押すスイッチのようなものがあると私は思っています。

 

だから、緩く、可愛い、優しいものより私は少しチクっとするような、若しくは一定の距離があるようなドライな美しい世界または、日常ではけしてしないような毒っ気のあるコメディちっくな愛らしさがとてもときめきます。

私自身頭が良いわけではないので、ちょっとずつ日々感じる傷とか愛とか美味しいを回り回って周囲から形にする方法を教えてもらっています。それが自然の時もあれば動物とか食べ物とか社会とか人間関係とかアーティストさんの言葉や。。もうたくさんです。生きてると情報量が多くて目が回ります。だから楽しいのかもだけど。

 

 引力は自分が思っているよりも遥かに強い、特に不の引力は。

と友人に言われてから少し考え方が変わりました。

 

何かを改善しようとして、真面目に前向きに進んだ時にでさ、頑張る根元が不なものにあると、元に引っ張られやすい というものです。虐待とかイジメとかそして失恋って典型的な図式らしいです。

 

想い出や人を忘れるとか紛らわすのってすごく難しいです。

一定期間できたとしても、ふとした瞬間にふとした動作に現れると、バラバラバラ〜って崩れるように反動が大きくなってしまいます。

だから最近は無理はしないようにしています

「ああ好きだったなーまだ私引きずってんなー悲しいなー落ち込むなー」ってそう思います。

その中で少しづつ会う人や場所を変えながら過ごしています。

10の気落ちが9になって8.7.6、それでまた8位なって7.6.5…そうやって減って行くときにまたきっと違う1が始まってくれたらいなって思います。

 

 

ね、私は実にカッコ悪いです、潔く生きれたらどんなに良いかって思うけど、チビチビ前向きに生きるしか方法がないですからね。このブログは等身大でありたいです。

ただ不器用に生きるちびまる子のような女で。

 

 先日、チームメイトのmihoのお誕生日会でした。

人のために作るお料理ほど集中することはないわってくらいに楽しい。

大好きな時間です。もう10年以上。20代をずっと駆け抜けて来ました。30代、すごく楽しみです。どうなってゆくのかな。大好きな尊敬する2人は最強な他人です。大切な友人です。

 

 

asamicro

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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