写真とカステラとポカリスエットの午後。

February 23, 2018

 久しぶりに朝ごはん以外を撮りました。

ちゃんとお水もしたんだけどもう弱ってしまった。

それでもこの時間は愛おしいし綺麗。

こういう生々しい感じがとても好きです。不細工な感じも可愛い。

 

なんだか気持ちで散々しております。

だからねちょっと頭を休めようと試みました。

 

水回りを掃除するのが割と好きで、スカッとします。

そして、そうめんチャンプルを作ろうとそうめんを軽く茹でるのに1〜60までずっと声に出して数えました。1分て長いなあ。もう少し分割して過ごせたらって。

 

…体があまりに怠いのでお昼寝。昼間に布団引くってなんかスペシャルだぜ。

これでポカリスエットとカステラがあったら幼少期の風邪を思い出す。

私はすごく嬉しくて楽しくて幸せを感じる時間だった。

 

 この写真は2012年の夏の終わりくらいかな。

写真をはじめて、多分微妙に今みたいな気持ちで撮影してました。

この時は兎に角ダンスが嫌いでもうやれなくて逃げたくて、めちゃくちゃ写真にハマりました。昔から見るのは好きだったけど兎に角、暇あればどこでも撮りに、好きな写真家を観に行きました。姫路や直島もその時だったなa。また日々近所を散歩していました。

写真を撮っている時だけはなんの感情も生まれなく無欲な美な気がしていました。

 

それからはちょくちょく作品やジンを作っては展示をしてきました。

でもいつも感覚だけで撮影している自分に自信がなくて堂々とできないのです。

 

コンテをはじめて色々な出会いの中で踊りがメインになってきたけど、でもやっぱり私は写真で形を作ったりチマチマ動いているから好きなんだと思います。写真を撮る時は究極に目立ちたくなくて消えたくなります。その感覚もとても面白いです。

 

 

この前の展示を終えて写真家の吉田さんに撮ればいいのにと言って貰えて嬉しかったですが、ごちゃごちゃ言ってたら「騙されやすいタイプですか?笑」と言われた。

笑う。昔ホストと壺には気おつけろ言われた。

 

「偉そうな人ほど色々言います」「紙にした時の写真を大切にするでもいいんじゃ無いですか?仕事でなく表現なら尚」

 

私、多分そこなんです。

踊りも、写真も。

 

落ち込んでしまっている今の現状に何に凹んで何で喜びなんだろうってちょっとちゃんと考えてみたのです。私は

 

「動きが言葉を越える時」

 

が一番幸せに感じている気がします。

言葉が好きだし、詩や伝えること、考えることがとても好きだし、見た目としてうまく言ってしまったりもします。

でもうまいな〜調子いいな〜とか思う事もあります。自分に。それが見え見えなら最高に恥ずかしいし凹みます。言葉が体を動きをカバーしていて強度がないのです。口だけで。

最近そんなつもりなくても気がついたらそうなってきました。

逆に言えば付き合う環境のレベルが上がったのかもしれません。友達も活動も職場も。ありがたい事です。でもこのままでは落ち込むんです。

 

唯一当てはまるのが。。。

インストラクターの仕事です。ここの分野では動きが言葉を越える気がします。

普段過程は何も言わないし、生徒たちとはしっかりセパレートしレッスン内での密度を上げる事に徹底します。だけど何十年やってもレッスン当日は重荷なんです。

けれどしっかり準備し、意味ある90分のメニューや一人一人の様子を考えて持っていくからブレないし対応が聞きます。容量悪すぎですが毎週3時間は準備します。

辞めたくなります。でも生徒が辞めるときや大きなイベントを終えると戻ってきます。倍以上に。これは一番幸せな感覚と似ています。

 

…ということを私は自分の制作でしてきた事があったのかな。

常に動きが言葉の後ろにいた気がしていて凹みました。これは楽しかったから閃いたから何と無くやれてきちゃうけど、言葉を越えられない。センス良くまとめただけでは強度がない。

ちょっと一からやり直さなきゃっていうか再スタートで出来ること出来ないこと取り組まなきゃな。

 

身体が硬くて毎日お風呂上がりにストレッチしていた高校生のときみたいに。

 

 

 

asamicro

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Please reload

特集記事

I'm busy working on my blog posts. Watch this space!

Please reload

最新記事

September 20, 2019

September 9, 2019

Please reload

アーカイブ