表現と感性とセンスの乱用。

December 18, 2017

 

今日はね、

ちょっと話したいのです。

 

これは5年ちょっと前のパフォーマンスの写真。

今では家族のような人たちとなったチームメイトのminamiとmihoとの3人で活動していた、

cappuccino(カプチーノ)というダンスユニットです。

自画自賛ですが、今見てもどの作品もとても好きだし、なかなか良いと思う。

でもこの時、当人たちがいつも自信がなくて、コンテストでも準優勝や100組以上の大会でも入賞や実績を納めてきたのに、たいして活動の幅を広げられなかった。いつも悩んで苦しんでた。勿体ないなあと思う。

 

 …最近気がついたのですが、今私には悩みがありません。

強がりじゃなくて本当に、近頃は全て【悩み】じゃなくて【課題】に変わった気がします。

昔から負けず嫌いでプライドが高かく、情熱的に頑張っていた。強くなりたかった。

今は負けず嫌いでプライドが高く、本質的に頑張ろうとしています。強いとか弱いとかそう言う問題じゃない笑。むしろ誰に何を証明するのかさえ解らないです笑。

 

情熱がなくなったわけではないけどね、前は想いや過程の行動というか、そういう抽象的なものを美化して配置してお洒落に品良くまとめるのが上手だった。それっぽい達人だった。

 

そうそう、

「私全然バカなんで」とか「羨ましい」とか「憧れます」とかって不意に言葉が出たりする。そういう時「お、気をつけろよ」「来てるぞーチャンス」と考える癖をつけようと思います。

「何にバカで」「何に羨ましがって」「何に憧れる」のかを見つめると、それが不安とか不満とかじゃなくて、そんなこと言ってる場合じゃないくらいに「やる事」が見つかって、多分それが「今、やりたい事」なんだなあと感じます。

 

「やりたい事が見つからない」と言う人もたくさんいますが、紐解くと"悔しい・不安・不満・怒りなもの”がやりたい事かもしれないなと。好きな事なんてやりたい事じゃないです、勝手にやってるはずです既に。

 

近頃は驚きなんですけどね、周囲に高学歴やワールドワイドな方が集まって来ています。

ダンスしかしてこなくて、やりたくない事をしなくて良いように工夫して生きて来ましたし、居場所を見つけると言うより、自分で作ってここまで来た気もしています。

そして、気がついたら「センス」や「表現」「感性」と言う言葉を乱用していた気もします。

けれど目標に向けて歩けば歩くほどに、知識的にも人間的にも頭の良い人と出交し、言葉が難しくなる。字が読めなくなる。好きな言葉が出てこない。で、その場で

"私全然バカなんで” ”全然まだまだなんで”

なんて前振りはなんのジョークにもならず、会話の意味として全く成立しないと感じると、もはや悩みではなく、せっせと課題にしたい。

 

とても素敵に力をつけて来た方達に出会うと、ちゃんと対話できるようになりたいと思うのです。自分の言葉を持てるようになりたいと思うのです。

 

踊りを学びたい気持ちには変わりないのですが、これまで全く勉強してこなかった

「一般的な義務教育過程の学び」が必要になりました。課題です。

 

すごいなあ。経験値のバロメーターは益々平等な気がします。

世の中スキップやなかったことにはしてくれないのですね、

なんだかだいぶ真面目に面白いことになって来ました。

 

踊るはずだったんですが、等しいくらいに鉛筆と消しゴムを握る来年にするつもりです。

 

asamicro

 

 

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